準備のしすぎが「面白くない」の原因か? そう思ってもアリ型から簡単には抜けられない。

明言することではないが、私は低所得者と呼ばれるものの一人だ。
生活にそれほど余裕もなく、少し残ったお金を何かの時のためにと預金するため、すべてを「無駄」か「有益」かという天秤にかけて判断するようになってしまった。毎日が「面白くなくなった」原因は、そこにあるのだと思うようになった。

記事掲載日:2018.09.13(この記事は 2019.06.15に修正されました)

そもそもの日本には「準備しておけ」という言葉が多すぎる。

  • 転ばぬ先の杖
  • 備えあれば患いなし
  • 後悔後に立たず
  • 念には念を入れよ
  • 石橋を叩いて渡る
  • 濡れた先の傘

もはや準備のための準備をし、さらなる準備をしている状態だ。
それほど準備は必要だろうか。

アリとキリギリス(もともとはアリとセミ)の童話では、日本人が改定するまで、冬の支度をせずに夏に遊んでばかりいたキリギリスは、助けを求めたアリに拒絶され死んでゆく。だが、日本版に改定され、心優しいアリはキリギリスを助け、キリギリスの命を救う。

本来は怠けず働き冬の準備をしていたアリのように生きることが大切、ということなのだろう。だが、もしかしたら、楽しく好き勝手に生きてきたのに、最後に助けられて命をとりとめたキリギリスの方が幸せだといういう話なのではないかと思てくる。夏に遊んで、冬に助けられるのだ。夏場も遊ばずに冬の支度をせっせとしていたアリは、ものすごく損な生き方なのではないだろうか? 少しくらい、キリギリスのように羽目を外してもいいのではないだろうか。

老後は確かにくる。だが、必ず来るとも限らない。

第一、今している貯蓄で老後は幸せいっぱいだろうか。爪に火をともすように生活を切り詰めて、面白くない生活を続けるより、面白い生活の中でやる気に満ちていた方が、本当は面白い老後を送れるのではないだろうか。

そう思いながらも、大きな羽目を外せないアリ型人間である。

松江ブログ(M2エムツー)

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