痴漢冤罪・オオカミ少年のあふれる世界の果てに

最近、痴漢冤罪のニュースが増えた気がする。その多くは「痴漢です」といわれて逃亡するというものだ。逃亡の末、亡くなってしまうこともある。逃げないで正直に話せばわかってくれるなど、おとぎ話の世界の話になってしまったのだろうか。冤罪であろうとも「痴漢」と間違われれば人生が終わる。捕まったが最後、たとえやっていなくても、認めてお金を払った方がよいという話まである。その果に何があるのか。

記事掲載日:2017.07.10(この記事は 2019.06.15に修正されました)

「毎朝、満員電車で嫌になるな」
出社してきた同期の増田が、京子の隣の席に座りながら大きく息を吐いた。
「少し、早いのに乗れば?」
「そう思うけど、起きられなくてさ」
京子の言葉に増田が肩をすくめた。
「まぁ、満員だけならまだいいんだけどさ」
増田が仕事の準備をしながら、話を続ける。
「最近は、女の人が周りにいるとひやひやだよ。吊革につかまれるときはまだいいけど、捕まれない位置のときなんか、手はここです!って、いう感じで上の方の棒に捕まったりして。でも、痴漢に間違われたら終わりだからな」
増田が再び大きな息を吐く。確かに、過剰反応とはいいがたい世の中になっている。

「確かに、一理あるな。やっていなくても金を支払った方がいいということが広まったせいか、それを逆手にとって、痴漢をでっちあげる人間もいるそうだしな」
三澤部長が話に加わって来た。
「完全な冤罪なんてたまったものじゃないですよ」
「実際に、痴漢の被害にあっている女性も多いですけどね」
増田の言葉に、京子が眉を寄せた。車両の中で声を出せず、泣き寝入りという話は溢れている。
「そもそも電車を降りてから、この人痴漢です、ってありなんですかね。人が溢れていてもうわからなくないですか? できれば触られているときに痴漢ですって言ってくれればいいのに」
「さすがにそれができれば痴漢させないじゃない?」
京子が反論する。
「けど、満員電車だぜ。降りるときにごったがえしていて、もう誰だかわからないじゃないか。振り返ったときに顔があったからという理由で犯人にされたらたまらないよ。四方八方、手の届く人間はいるわけだし」

今度は京子が息を吐いた。
確かに触っているその手をつかまなければ冤罪という可能性は高くなるだろう。叫ばなくても触っていたという証拠を痴漢に対して残すことができれば一番いい。逮捕直後に手に何かついていないか、被害者の下着の繊維がないかなど検査をするようだが、大勢の人間がいる前でつまえられていくのである。しかも誰がスマホで動画や写真で撮影しているかわからない。あとから冤罪と分かっても、その前に配信されてしまえば取り返す方法はない。冤罪をなくし、痴漢に泣き寝入りしなくてよい方法が見つかれば一番いい。

「防犯カメラをつける車両もでてきはじたし、抑止力になればいいがな」
三澤部長がそういって席に着き、増田が仕事に取りかかった。京子はまだぼんやりとかんがえていた。防犯カメラをつけても必ず死角ができる。痴漢をする人間のために、しない人間の人生が犠牲になっていくのは、なんだかおかしいような気がして仕方がなかった。京子は大きな息を一つははき、仕事にとりかかった。

あとがき
痴漢の冤罪が増えている。それも金をだましとろうとして痴漢にでっちあげるというものだ。この行為が横行するとどうなるのか。痴漢が起こったときに、また「冤罪か」と誰もが思うようになりかねないということだ。オオカミ少年のように嘘をつき続けると本当のことをいっても信じられなくなる。本人が嘘をついていなくても嘘つきが増えれば、真実が真実として信じられなくなることもある。それはきっと、痴漢に限ったことではない。あまりにも頻繁に起こることには「またか」と慣れっこになってしまい、関心を寄せなくなることはよくある。

松江ブログ(M2エムツー)

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